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東京高等裁判所 平成5年(行コ)147号 判決 1994年7月06日

主文

原判決を取り消す。

控訴人らの主位的訴え及控訴人らが当審で拡張した予備的訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は茅ヶ崎市に対し、金一四九〇万円及びこれに対する平成元年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、当審における新たな主張として次のとおり加えるほかは、原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

予備的請求について(当審において拡張されたもの)

仮に、本件売買契約の当事者が茅ヶ崎市土地開発公社(以下「公社」という。)であったとしても、被控訴人は、以下1又は2の理由に基づき、違法な公金の支出によって茅ヶ崎市に与えた損害を賠償する責任がある。

1  茅ヶ崎市は、同市が計画し施行する都市計画上の用途に供するため、公社に委託ないし指示して本件土地を「先行取得」せしめたものであり、売買契約の締結は終始同市が交渉し、同市の主導のもとに行われたものであって、土地所有権も結局のところ同市に帰属している。売買契約における諸要素、すなわち目的土地、代金額及びその支払方法等についても同市が決定したものであり、用途指定等の特約条項についても同市が承認のうえ公社をして契約を締結せしめているのである。そして、このような事情があったからこそ国鉄は本件土地を売却したものであり、右の特約条項について、公社は拘束されるが、目的土地の帰属者である茅ヶ崎市は全く関知せず、これに拘束されないということであったとしたら売買契約はしなかったであろうことが明らかである。

本件売買契約に至る経緯及び目的を総合的に観察すれば、仮に公社が契約上の買主であったとしても、実質的には茅ヶ崎市が買主であり、公社は文字通りその代理人的地位を占めていたに過ぎないのである。

したがって、本件売買契約における用途指定、転売禁止等の条項については、公社と共に茅ヶ崎市も信義則上これを遵守する義務を有していたものというべきである。また、右の契約関係は、第三者のためにする契約(民法五三七条)に類似するものであって、このように解することによっても、茅ヶ崎市の特約条項遵守義務を根拠づけることができる(同法五三九条)。

しかるに、被控訴人は、公社をして本件土地を転売せしめることによって特約条項に違反せしめ、かつ自らもこれに違反することによって、茅ヶ崎市をして売主に対する違約金支払義務を負わしめたものであり、結局のところ、和解において金一四九〇万円を支払う旨の支出負担行為をなしたうえ、これを支出し同市に対し右同額の損害を与えたものである。

被控訴人の前記行為が、住民訴訟の対象たる財務会計上の行為に該当することは、これが財産上の「契約の締結若しくは履行」(地方自治法二四二条一項)にかかわるものであることから明らかであり、かつ財務会計上の行為の意義を「財務的処理を直接の目的とし、当該行為事実の直接かつ固有の効果として地方公共団体に対して財務的損害を与えるべき客観的可能性を有する行為」とする考え方からしても、これが財務会計上の行為に当たることは明らかである。

2  また、仮に、本件売買契約の買主が公社であって茅ヶ崎市が当事者ではなく、かつ同市が国鉄に対し何らの損害賠償義務を負わなかったとすれば、平成元年八月一五日の和解において茅ヶ崎市が国鉄清算事業団に対し金一四九〇万円の支払を約し、かつ同年一一月七日右金員を支払ったのは、何ら法律上の原因なくして公金を支出したものであり、違法な公金の支出に該当することは明らかである。

右和解における支払条項は、支出負担行為であるが、これが支出原因を欠くものとして当然違法であり、これに基づく同年一一月七日の右金員の支払が違法な公金の支出に該当することは明らかである。

なお、控訴人らは、右訴訟上の和解の無効を主張しているものではない。訴訟上の和解といえども私法上の和解契約の態様であり、契約法理により無効となる場合もあり得るが、本件において、当該支払の約定は義務なき支出負担行為として違法ではあっても、相手方との関係において無効とはなし得ないものである。

3  本件において、控訴人らが行った監査請求の趣旨は被控訴人が国鉄との本件売買契約違反により茅ヶ崎市に和解金名下に金一四九〇万円の違約金を支払わしめたことが、違法、不当な公金の支出であり、茅ヶ崎市に損害を及ぼしたので、被控訴人に対し右損害を補填すべき必要な措置を求めるというものである。

したがって、本件監査請求の対象たる事実は、茅ヶ崎市が国鉄との本件売買契約に関連して平成元年八月一五日成立の和解により金一四九〇万円の支払を約し、これを支出したことにつき、同市の市長たる被控訴人が右支出を余儀なくさせたことにより同市に与えた損害の補填を求めているものであり、その趣旨は明確であって、契約当事者が仮に茅ヶ崎市ではなく公社であったとしても、これに基づく違法事由により監査請求が別個のものになるものではなく、本訴においてかかる違法事由を主張することは当然許容されるところである。

二  被控訴人

1  控訴人らの主張1について

(一) 住民監査請求・住民訴訟の対象となる行為は、対象財産の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為すなわち財務会計上の行為に限られるものである。

ところで控訴人らの主張する被控訴人が茅ヶ崎市長として第三者(公社)に契約違反をなさしめたとの行為は、いうまでもなく茅ヶ崎市の財務会計上の行為ではない。

したがって、控訴人らの主張する行為は、住民監査請求・住民訴訟の対象となるものではなく、右行為を対象とする請求は不適法である。

(二) 仮に、控訴人ら主張の前記行為が一般的には住民監査請求・住民訴訟の対象となるとしても、右行為を対象とする住民監査請求が経由されておらず、これを対象とする請求は不適法である。

すなわち、住民訴訟は住民監査請求の対象とした財務会計上の行為について提起されなければならないものであるところ、控訴人らの住民監査請求は茅ヶ崎市が平成元年一一月七日に日本国有鉄道清算事業団に和解金を支払ったことを問題とし、この和解金支払を違法不当な公金の支出としてなされたものであり、これに基づく住民訴訟としてはあくまで右和解金支払の行為を対象としなければならないものである。しかるに控訴人らの前記主張は、右和解金支払の行為とは別個の第三者(公社)に対して契約違反をなさしめた行為を問題とするものであって、住民監査請求を経由したものとはいえず、不適法である。

(三) また仮に、控訴人ら主張の前記行為が控訴人らの住民監査請求の対象に含まれていたとしても、右行為を対象とする請求は地方自治法二四二条の二第二項所定の出訴期間を徒過しており不適法である。

住民訴訟において訴えの追加・変更がなされた場合、当該訴えの追加・変更が地方自治法二四二条の二第二項所定の出訴期間内になされていなければ新請求は不適法となるものである。

本訴請求は、被控訴人が茅ヶ崎市長として本件土地の転売行為を行ったことによる損害賠償請求として提起されたものであり、控訴人らが新たに主張する公社に契約違反をなさしめたことによる損害賠償請求とは明らかに訴訟物を異にしており、訴えの追加的変更に該当するものである。そして追加された右の新請求が地方自治法二四二条の二第二項所定の出訴期間を徒過していることもまた明らかである。

(四) さらに、仮に控訴人ら主張の前記行為を対象とする請求が適法なものであったとしても、その主張は実体的に理由がない。

控訴人らが主張するように茅ヶ崎市において公社に契約違反をなさしめたことにより国鉄に対して損害賠償義務を負うことがあるとすれば、それは第三者による債権侵害として不法行為を構成する場合に限られることは明らかである。

しかしながら、第三者による債権侵害が不法行為を構成するのは法規違反ないし公序良俗違反のような不法な手段で行われるときに限られるものである。本件の場合、茅ヶ崎市及び同市市長としての被控訴人は公社が本件土地を転売することにつき了承しただけのことであり、しかもそれは公社担当者(茅ヶ崎市都市整備部担当者を兼務)からの進言によるものであって、そこには法規違反ないし公序良俗違反と評価すべき点は全くなく、国鉄に対する関係で不法行為が成立する余地はない。

しかも、公社が本件土地を転売したからといって、何ら国鉄に財産上の損害を生ぜしめることはなく(公社と国鉄との本件土地売買は時価によったものである)、この点からしても茅ヶ崎市が国鉄に対して不法行為による損害賠償義務を負う理由はない。

2  控訴人らの主張2について

(一) 控訴人らは、茅ヶ崎市と国鉄清算事業団との訴訟上の和解が無効であり、これに基づく和解金の支払が違法な公金の支出に該当すると主張している。

しかしながら、前述のとおり本訴請求は、被控訴人が茅ヶ崎市長として本件土地の転売行為を行ったことによる損害賠償請求として提起されたものであり、控訴人らが新たに主張する無効な訴訟上の和解に基づく和解金支払による損害賠償請求とは明らかに訴訟物を異にしており、訴えの追加的変更に該当するものである。そして追加された右の新請求は地方自治法二四二条の二第二項所定の出訴期間を徒過しており不適法である。

(二) 仮に右の新請求が適法であるとしても実体上理由がない。

控訴人らが問題とする訴訟上の和解金は、市が国鉄清算事業団から別の土地を取得する問題があり、紛争を早期に解決する必要があったことや、有限会社長谷川書店他二名から本件土地(一)の持分二分の一を有利な条件で取得できることになったため支払ったもので、当然のことながら茅ヶ崎市議会の議決を得てなされたものである。かかる訴訟上の和解が違法・無効でないことは明らかである。

第三  証拠(省略)

理由

一  主位的請求について

控訴人らは、茅ヶ崎市長は、茅ヶ崎市が国鉄から買い受けた本件土地(一)を、その売買契約の条件に違反して第三者に譲渡したため、国鉄の事務を承継した国鉄清算事業団から茅ヶ崎市に対する訴訟を提起され、その結果、同事業団と茅ヶ崎市との間に成立した裁判上の和解(以下「本件和解」という。)により、国鉄清算事業団に違約金を支払うにいたり、茅ヶ崎市は被控訴人に対し右不法行為による損害賠償請求権を取得したところ、茅ヶ崎市はその請求を怠っているので、控訴人らは茅ヶ崎市監査委員に監査請求をしたうえ、茅ヶ崎市に代位して被控訴人に対してその支払いを求めると主張する。

普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の長等の財務会計職員の財務会計上の行為を違法、不当であるとしてその是正措置を求める監査請求をした場合には、特段の事情が認められない限り、右監査請求は当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を当該普通地方公共団体において行使しないことが違法、不当であるという財産の管理を怠る事実についての監査請求もその対象として含むものと解するのが相当である。そして、違法に財産の管理を怠る事実があるとして、地方自治法二四二条一項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、右財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法とし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係わる請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項を適用すべきものである(最高裁判所判決昭和六二年二月二〇日民集四一巻一号一二二頁)。

本件において、本件土地の買主が茅ヶ崎市か公社かについては争いがあるが、控訴人らが違法とする本件土地の転売が行われたのは昭和六一年八月二二日であり、控訴人らが茅ヶ崎市監査委員に対し、右行為について損害賠償請求するなど適切な措置をするよう求めて監査請求をしたのは平成二年三月二三日であることは当事者間に争いがない。本件請求は、茅ヶ崎市長の財務会計上の行為である右転売行為を違法とし、これに基づいて発生する損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるから、本件請求の前提としての前記監査請求は同条二項の期間を徒過してなされた不適法なものである(なお、乙第一ないし第五号証によれば、本件土地の転売については、昭和六一年一〇月ころから茅ヶ崎市議会で問題化して、質疑が行われ、昭和六二年一月には、その様子が「市議会だより」などで一般市民に明らかにされているから、右期間徒過について控訴人らに地方自治法二四二条二項但し書の正当な理由があったとはいえない。)。

控訴人らは、本件土地の転売があった時点では、茅ヶ崎市は抽象的な違約金支払義務を負うに過ぎず、確定的回復措置をとる手段がなかったから、本件和解に基づく和解金(違約金)の支払いのあった日を起算日とすべきと主張するが、本件土地の売買契約書(甲第二号証)によれば、違約金は確定的に売買代金の一〇分の一とされていること、転売行為が明らかになった段階で、控訴人らは損害賠償のみならず、何らかの回復措置をとるよう監査請求することは可能であったから、控訴人らの主張は採用できない。

二  予備的請求について

1  控訴人らは、本件土地の買主が公社であったとしても、茅ヶ崎市は本件売買契約締結の経緯から、本件土地を転売してはならない義務を負っていたところ、茅ヶ崎市長は右義務に違反し、公社に対しその転売の指示又は委託をし、その結果、前記和解金を支払うようになったから、控訴人は茅ヶ崎市に代位して被控訴人に対し損害賠償を請求すると主張する。

住民監査請求又は住民訴訟の目的は、地方自治法二四二条一項に規定する普通地方公共団体の長等の違法又は不当な財務会計行為又は怠る事実を是正し、又はこれによる損害の回復等を図ることにあり、これに該当しない行為は、その対象にならない。

控訴人らの主張は、要するに、茅ヶ崎市長が第三者である公社に対し、その購入した本件土地を転売するよう指示ないし委託したのが違法な行為であるというのであるが、右は同市長の財務会計行為と言えないことは明らかであるから、右請求に係る訴えは不適法である(控訴人らが、茅ヶ崎市は右行為の結果発生した損害賠償請求権の行使を怠っていることをも主張しているならば、これに対する判断は、主位的請求に対するものと同じとなる。)。

2  次に、控訴人らは、本件売買契約の買主が公社であることを前提として、茅ヶ崎市は何らの法律上の原因なしに、本件和解により和解金を支払ったものであり、右は違法な公金の支出であると主張する。

右予備的請求は、平成五年一〇月一四日、当裁判所に提出され、同年一一月八日の口頭弁論期日で陳述された準備書面によるものであるが、本件売買契約の買主が茅ヶ崎市であることを前提として、茅ヶ崎市の転売行為が違法であり、その結果なされた和解金支払自体は適法とする主位的請求の訴訟物とは明らかに異なる新請求である。

ところで、本件において、控訴人らの監査請求を棄却する旨の通知がなされたのが平成二年五月一九日であることは当事者間に争いがないから、右予備的請求は、地方自治法二四二条の二第二項の出訴期間を徒過した後の訴えである。そして、本件において、主位的請求に係る訴え提起の当初から右新請求が含まれていたとは認められず、又右新請求と主位的請求との関係から、新請求に係る訴えが当初から提起されていたものと同視しうるような特段の事情も認められない。

したがって、右請求に係る訴えは不適法である。

三  よって、原判決を取り消して控訴人らの主位的請求に係る訴え及び予備的請求に係る訴えをいずれも却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

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